中田敦彦のYoutube大学スクリプト「中国現代史」

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ソース
【香港と中国①】〜中国現代史と香港デモ騒動!歴史を学べば今が分かる〜
https://www.youtube.com/watch?v=Qok491jX8LI

【香港と中国②】〜香港デモはなぜ起きたのか!?歴史を学べば今が分かる〜
https://www.youtube.com/watch?v=EDfK6uN20ts

【香港と中国①】〜中国現代史と香港デモ騒動!歴史を学べば今が分かる〜
【香港と中国②】〜香港デモはなぜ起きたのか!?歴史を学べば今が分かる〜
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●もともと
◎中国と台湾の成り立ち
・第二次世界大戦
 もともとは清最後の皇帝宣統帝
  ⇒滅びつつある時、国民党・共産党ができる、清政府を打倒するというところで、色々動いていた
  ⇒日本がやってきて日中戦争が起きて、第二次世界大戦にもつれ込んでいく
  ⇒国共合作があって、第二次世界大戦の戦勝国となり、日本の支配(満州?)から逃れた

・第二次世界大戦後の共産党と国民党
 台湾を日本、日清戦争の後統治していたが、第二次世界大戦後それもいなくなった
  ⇒中国どうしようとなってきた時、共産党と国民党の内戦がおきた
  ⇒国民党は民主的な政治を目指したが結局軍閥独裁政権になりつつあった
  ⇒それを倒そうとしたのが共産党(ソ連のバックアップを受けていた。ソ連は共産主義を目指していた)
  ⇒負けたのが国民党、台湾に亡命。共産党が残った

・亡命した後。
  国民党が作ったのは中華民国(台湾)
  共産党が作ったのが中華人民共和国(共産主義を目指す)

●中国の現代史
◎毛沢東時代(中国)
・毛沢東(建国の父)
  中華人民共和国を作ったときのトップ
   ⇒スターリンを目指してソ連を見習っている
   ⇒ソ連をみならって個人崇拝をすすめたカリスマ

 ※社会主義・共産主義
  ⇒資本家がお金持ちが労働者をこき使っているのを批判。
  ⇒マルクスが提唱したもので、ソ連が目指した、平等に労働して平等に分配する理想社会のを目指した。
  ⇒全員で同じように農業をやったり

 ※ソ連の失敗
  ⇒スターリン(個人崇拝)が農業をやったが生産性が著しく落ちた。
  ⇒厳しい農業の中で、自分の畑ではなくみんなの畑のために動く人が少なかった。
  ⇒スターリン的には大失敗だが、世界にそういうことは言えない。
  ⇒凄いうまく行ったといった

・毛沢東の農業政策
  スターリンの真似をして農業をしたが同じように失敗した

・大躍進政策
  焦って大躍進政策を打ち出した。
   ⇒イギリスを見習おうという政策。(ソ連のライバルがアメリカ。二番目の中国は、二番目の資本主義の国のイギリスがライバル)
   ⇒イギリスは製鉄だったので、鉄を作ろうとした。(鉄を作って大躍進しようとした)
   ⇒農地・果樹園を全て潰してノウハウもない中、製鉄所(土の窯みたいなやつ)を作り、鉄鋼先ではなく農具を溶かしたりした結果、粗悪な鉄ができる

・百花斉放(ひゃっかせいほう)
  独裁国家ではないためみんなの意見を聞く・批判を受け付ける
   ⇒最終的には取り締まる

・文化大革命(1966年)
  経済の低迷とかで、国民の反感が高まり、国家主席を譲る(共産党主は譲らなかった)
   ⇒実務的な後任が徐々に人気が高まってきたため、文化大革命を起こした。
   ⇒上層部が腐敗しているからもう一度革命を起こす、としてトップをおろそうとした
   ⇒若い学生を利用し、紅衛兵(こうえいへい)として動くように呼びかけた。これを取り締まらないようにした。(寺院とか壊したが警察は何もしない)
   ⇒トップが捉えられて殺された。
   ⇒紅衛兵は、地方にこそ必要として地方に追いやった。

・結果
  偉大な建国の父とされている一方、文化や経済等がめちゃくちゃになった。
   ⇒教育では失敗とかはあまり教えられていない
   ⇒鄧小平が全てを立て直した

◎鄧小平時代
・鄧小平
 現実主義者(毛沢東は偉大な理想化だった)
  ⇒黒い猫でも白い猫でも餌をとってくるのがいい猫、と行った。
  ⇒鄧小平は、自分を崇拝させず、3代の国家主席を裏で操った(最高実力者)

・改革開放政策(1978年)
 ・市場経済を導入した
   ⇒商売は市場経済を導入して自由にやるが、共産党の一党独裁は維持する。
   ⇒社会主義市場経済、という謎の概念を打ち出す。
 ・海外から誘致した。
   ⇒外資と中国の企業と合弁を作ったりした
   ⇒49%を外資、51%を中国資本としたりした。
   ⇒北京オリンピックやIT企業で経済が盛り上がった。

・天安門事件(1989年)
 結果、貧富の格差が拡大した。(民主的でもない)
  ⇒国家主席が、鄧小平が裏で操っているから民主化できないとほのめかした。
  ⇒天安門広場に国民が集まって、デモをした
  ⇒鄧小平は軍事責任者についていたため、戦車を出して多くの命を失った。

 ※この事件は中国で検索しても何も出てこない。共産党の悪口も消される

・結果
  Alibaba, Tencent, Huaweiを生み、GDP 2位になる。

◎習近平
・テーマ
 漢民族の強かった明を取り戻す(清は満州族が治めていて、ひどい目にあった。植民地にされたりとか)
  ⇒中国版大航海時代ということで、ヨーロッパより早く中国からアフリカに行ったりしていた(ていわという人が、全権任されアフリカに行ったりしていた。)
  ⇒一帯(陸のシルクロード)一路(海の大航海時代)で、中国から中東・ヨーロッパ、インド・アフリカを全部牛耳りたい。

・懸念点
 ・中進国の罠
   ある時必ず人件費の壁にぶち当たる
    ⇒安い労働力があるから海外の会社が工場を作ってくれる
    ⇒豊かになってくると、人件費が上がり、工場が移転する
    ⇒安い労働力が失われた(日本でも行われた。)

 ・少子高齢化
   毛沢東の時はたくさん産め、なぜなら戦争が勝てるから、という考え方だった。
    ⇒食糧難になりかけた時、1人っ子政策を導入した。(女の子が生まれた時は戸籍を届けなかったりした。農村にたくさんいると言われる)
    ⇒人口配分がかなり歪になっている。社会保障がままならないまま上の世代を支える問題に直面している。

  ※一般的な先進国の少子高齢化
   ・社会保障・医療が整うことによって上の世代の寿命が長くなる
   ・働き方の問題で晩婚化・少子化となる

●台湾
◎国民党の統治
 国民党(蒋介石)が亡命した。
  ⇒腐敗した軍閥政治となり、日本が作ったものを全部奪い取った。

 ※日本の統治
  日清戦争で初めて手に入れた植民地だったので、大事にした
   ⇒優秀な人材を送り込んで設備・インフラを整え、教育を整えたり

・二・二八事件
  日本の支配のほうがマシということで、不満が高まった。
   ⇒国民党への暴動が起き、多くの死者を出した
   ⇒だからこそ今でも親日

◎李登輝(りとうき)
 蒋介石の息子が、中にいる人間(台湾で生まれ育った人)をトップにということで、李登輝をトップに据えた

・二大政党制・民主化
  ⇒李登輝が二大政党制を導入した。
   - 国民党…いつかは中国に戻りたい。取り戻したい。中国に思い入れがある
   - 民進党…中国はもう関係ないよね、という人たち
  ⇒直接選挙を行う

◎蔡英文(さいえいぶん)
・民進党の女性総統
  中国は中国、独立したいという考え方。(挨拶に1つの中国と言わなかったり)

 ※中国の睨み
  経済的にはかなり依存している
   ⇒一番のお得意様が中国
   ⇒中国サイドはそれが虫がいい、として睨みを効かせている

 ※1つの中国の悩み
  中国が岩の上に島を作った。(台湾よりはるか南の南沙諸島)
   ⇒独立の流れになった時に、台湾の独立を阻む島。
   ⇒台湾のバックはアメリカ(1979年台湾関係法、台湾が攻められたらアメリカが出ていく。)
   ⇒グアムからくるアメリカ軍が攻めてきた時に対応するための島。

●新疆ウイグル自治区
・中国によるコントロール
 ・新疆=New Areaという意味で、トルコ系イスラム教徒がいた所
   ⇒ここを中国が統治した。
   ⇒但し、完全統治ではなく、自治は認め、No2は共産党員がつき、ゆるくしっかりコントロールしている。

・反乱
 1933, 1944年に独立のために反乱
  ⇒何回も反乱が起き、鎮圧されている

●チベット自治区
・チベット仏教
  チベット仏教が強い所(中国とは違いお坊さんは独身)
   ⇒毛沢東が、子供も増えないし宗教がいけないとした。

・中印戦争(1962年)
  ダライ・ラマ14性がインドに亡命し、1962年中印戦争が起きる

・後任関係で揉めている
 No1:ダライ・ラマ、No2:パンチェン・ラマは、世襲制ではなく、死後お互いに後任を指名する。(No1がNo2の後任を決める)
  ⇒パンチェン・ラマ11世が中国に捕まっている。
  ⇒中国共産党が勝手に11世を決めて送り込んだ(11世が2人いる。)
  ⇒次にダライ・ラマ(現在高齢)が死んだ時に、どうするのか、で揉めている(中国共産党に支配される危機)

●香港
・1840年アヘン戦争で、植民地化
  ⇒お茶の貿易摩擦で、アヘンを送り込んだイギリス。中国がアヘンを燃やして戦争。
  ⇒イギリスが勝って香港を植民地化。(その後九龍半島も割譲)
  ⇒この2つは永久割譲だった、クーロンのあたりは99年借りるということになった。
・1997年に香港返還
  ⇒香港島・九龍だけ残っていても使えない土地。第二次世界大戦後の国際的な空気で返還した。
  ⇒絶妙のバランスで残っている

 ※一国二制度(50年間することになっている)
  中国のものだけど制度は今までと同じ。経済の自由とか言論の自由とか
   ⇒イギリスの統治のおかげで栄えていたため、国民は中国の返還するなら海外に行くと言った。
   ⇒制度は変えない、と言って中国側が譲歩したのが一国二制度。

 ※全部自由にはならない
  選挙は、選挙委員(共産党員)しか投票できない
   ⇒香港基本法で、将来普通選挙に移行するということにした

・2014年 雨傘運動
 香港の自由が次第に蝕まれていった。
  ⇒2017年に直選挙に変わるということになった。
  ⇒投票権は国民にあるが、立候補者は指名委員会(共産党員)が決めるということになった
  ⇒民主的じゃないということでデモが起きた
  ⇒催涙ガスをかぶらないように雨傘をさした。
   ⇒台湾政府は中国と関係ないが、香港政府は共産党員だから香港政府はデモを断固鎮圧した。

 ※台湾でのひまわり運動
  台湾でひまわりの旗を掲げて、中国の密接な関係になろうとする政策に反対
   ⇒政府の延期するという決定があった。

・2015年 書店員失踪
 天安門事件を批判する本、共産党員の批判本も許されていた。
  ⇒共産党批判の出版物をおいていた書店員が失踪した。(電話で無事という連絡がきた)
  ⇒翌年帰ってきて、書店を閉めた。(中国で脅されたと供述した)
  ⇒共産党批判の本は並ばなくなっていった

・2017年 選挙をおこなった

・2019年 逃亡犯条例改正案デモ
 ・台湾で恋人を殺害した香港の人が香港で逮捕された
  ⇒殺人事件については、犯行現場での捜査が原則だが、どういう風に引き渡すかのルールが香港と台湾の間で取り交わされていなかった
  ⇒逃亡犯条例改正案は「中国・台湾から要請があれば引き渡す」というルール。
作ったのは香港のトップ(共産党員)。
  ⇒香港の人でも中国に目をつけられたら引き渡されるというルール。と見れる。

 ・デモの発生
  ⇒いよいよ自分たちを捕まえに来た、支配しに来た。ということでデモを起こした。
  ⇒中国には政権批判した人は犯罪者にして捉えるという文化がある。
  ⇒犯罪を侵さなくても、香港で行っても、中国で裁かれる。自由がない。表から捕まえに来たと見ている。
  ⇒絶対に支配されない、自分たちは香港人だ、ということでデモをしている。

 ・テロに対する中国の制圧について
  現在、深センに人民解放軍の訓練を受けている武装警察がいて、テロ行為は許さない、暴力で制圧するという脅し。

 ※中国が暴力ですぐ制圧せず、リークにとどめている理由
  ・制圧しているところを香港の企業が見たら、外国企業は逃げていき、経済的な損失
  ・一国二制度は実は台湾のために考えられた仕組みで香港はお試し。これを暴力制圧の形でやる=失敗と見ることができる
  ・メディアを通じた世界の締付け

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